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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)3248号 判決

原告 石黒バルブ株式会社

被告 主藤明雄

主文

一  被告は原告に対し五〇〇万円およびこれに対する昭和四五年四月一七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は五〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決並びに仮執行の宣言。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

旨の判決。

第二主張

一  原告(請求原因)

原告は昭和三九年一一月五日被告との間で、

1  原告が被告に対し昭和三九年三月から同年一一月までの間五回に亘つて貸与した合計一八三万五、〇〇〇円、

2  被告が昭和三九年一一月五日訴外大同建設株式会社(以下「大同建設」という。)の原告に対する債務(原告が大同建設に対し昭和三九年三月から同年一一月までの間一一回に亘つて貸与した金員合計一、二六五万五、〇〇〇円および六回に亘つて割引を行つた約束手形金合計九一五万円)を引受けたことにより原告に対して支払義務を負担する借受金一、二六五万五、〇〇〇円、約束手形金九一五万円(計二、一八〇万五、〇〇〇円)の総計二、三六四万円を目的とする準消費貸借契約を締結し、その弁済期を昭和四〇年一一月五日と約定した。

よつて原告は被告に対し、右準消費貸借金の残額一、二七八万三、〇〇〇円(右準消費貸借につき設定された譲渡担保の目的物たる別紙目録(一)(二)記載の土地の売却代金一、〇八五万七、〇〇〇円と右準消費貸借金との差額、即ち不足額)のうち五〇〇万円およびこれに対する弁済期の後である昭和四五年四月一七日(本件訴状送達の翌日)以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告(請求原因に対する認否および抗弁)

(一)  請求原因事実は認める。

(二)  (抗弁)

1 被告は昭和三八年一一月一六日、大同建設の代表取締役であつた訴外石井巌の委託に基づき、原告と大同建設との間の手形割引等の契約上の債務を担保するため、被告所有の別紙目録(一)(二)記載の土地(以下「本件土地」という。)、(三)(四)記載の建物につき債権極度額三、〇〇〇万円の根抵当権を設定し、同日訴外鶴岡清次もその所有の別紙目録(五)記載の土地につき右同様の趣旨で右同様の根抵当権を設定したが、原告は被告に対し右根抵当権設定に対する謝礼として合計一八三万五、〇〇〇円の金員を贈与したものである。原告は右金員を貸金であると主張するが、事実に反する。従つて、本件準消費貸借の目的の一とされた一八三万五、〇〇〇円の借受金債務は存在しない。

被告は、はじめ、「原告が被告に対し昭和三九年三月から同年一一月までの間五回に亘つて合計一八三万五、〇〇〇円を貸与した。」旨の原告の主張事実を自白したが、右自白は真実に反し、錯誤に出たものであるから、これを撤回する。

2 大同建設は、原告に対し原告主張一、2の合計二、一八〇万五、〇〇〇円の債務を負担したまま昭和三九年一一月頃倒産し、その返済の見込も困難であつたため、被告は原告に対し大同建設の右債務を引受けるとともに、前記1の贈与金を借受金のかたちにし、あわせて二、三六四万円を準消費貸借の目的としたうえ、右準消費貸借契約上の債務を担保するため本件土地を原告に譲渡した(その際、別紙目録(三)(四)記載の建物、(五)記載の土地に対する根抵当権は解除された)。そして、該譲渡担保契約において、原告は昭和四〇年一一月五日までの間においても、被告の承諾があれば、本件土地を他に売却し、売却代金をもつて被告の債務の弁済に充当することができ、売却代金が債務額を超える場合には原告は該超過分を被告に返還すること、原告が昭和四〇年一一月五日までに本件土地を売却することができない場合には、原告は債務の弁済に代えて本件土地を確定的に取得する旨の約定があつた。しかるに、原告は昭和四〇年一一月五日までに本件土地を売却することができなかつたから、右約定に基づき代物弁済の効力を生じ、被告の準消費貸借契約上の債務は消滅した。

本件土地の譲渡担保契約に右のような代物弁済の約定が包含されていたことは、昭和四〇年一一月五日以前の本件土地の売却については被告の承諾を必要とする旨定められているのに対し、右時期までに本件土地を売却することができなかつた場合には、原告は、被告の承諾を要することなく、一方的に本件土地を処分しうるとされていることによつても明らかである。

3 仮に原告が昭和四〇年一一月五日以後に本件土地を売却した場合において、売却代金が被告の債務額に満たないときは原告は被告に当該不足額の支払を請求しうる約旨であつたとしても、原告はまだ本件土地を売却していないから不足額の支払を請求する前提を欠く。即ち、原告は昭和四三年一一月一九日本件土地を代金一、〇八五万七、〇〇〇円(坪当二万一、〇〇〇円)で訴外公害防止事業団(以下「事業団」という。)に売却したが、右は、事業団が市原市における公害防止のため工場地帯と住宅地帯の間にグリーンベルトを設置するための用地買収の一環として行われたものである。事業団は該事業の実施に当り、資金の関係上、できるかぎり廉価で用地を買収する必要があつたため、昭和四三年一一月頃千葉県が所有していた市原市八幡海岸通の土地一帯を時価よりも相当廉価で譲受け、これをグリーンベルト用地の買収を受ける者に廉価で譲渡し、その代りに右用地を右譲渡価格と同額で買収する方策をとつた。原告も本件土地を事業団に売渡すとともに、事業団から本件土地売却単価と同じ単価で市原市八幡海岸通一九六三番九雑種地四、六三六平方米を買受けた。

右八幡海岸通の土地を買受けることができた者は、事業団にグリーンベルト用地を売渡した者または右用地から立退く必要を生じたものだけであつて、一般の者は右八幡海岸通の土地を買受けることができなかつた。以上のような事情のもとにおいては、原告と事業団との間の本件土地および市原市八幡海岸通一九六三番九土地の相互的売買は実質上は一の換地処分にほかならず、本件土地は右一九六三番九土地の一部としてまだ処分されていない状態にある。従つて、原告が右一九六三番九土地を処分してはじめて被告の債務額に未払分があるかどうかが決定されるのである。

4 原告が昭和四〇年一一月五日以後に本件土地を売却した場合において、売却代金が被告の債務額に満たないときは原告は被告に当該不足額の支払を請求しうる約旨であつたとすれば、原告は本件土地の売却については被告の承諾を得るか、またはできる限り高価に売却する義務を負つていると解するのが信義則上正当である。しかるに、原告は本件土地を事業団に売渡すについて被告の承諾を得ていないし、またその売却代金は不当に廉価であつた。昭和四四年八月当時本件土地は坪当六万円前後の価格を有していたのであるから、わずか一〇ケ月前である昭和四三年一一月の時点でその三分の一という開きがあるはずがない。それ故、原告は被告に対し不足額を請求しえない。

三  原告(抗弁に対する認否)

抗弁1の事実中石井巌が大同建設の代表取締役であつたこと、被告がその主張の日にその主張の大同建設の原告に対する債務を担保するため被告所有の本件土地および別紙目録(三)(四)記載の建物につき被告主張の根抵当権を設定したこと、同日鶴岡清次がその所有の別紙目録(五)記載の土地につき被告主張のとおり根抵当権を設定したことは認めるが、被告の根抵当権の設定が石井巌の委託によることは不知。その余の事実は否認する。担保権者が担保提供者に対し謝金を与えることは通常ありえないことである。被告の自白の撤回には異議がある。

抗弁2の事実中大同建設が原告に対し二、一八〇万五、〇〇〇円の債務を負担したまま昭和三九年一一月頃倒産したこと、被告が原告に対し大同建設の右債務を引受けたこと、被告が準消費貸借契約上の債務を担保するため本件土地を原告に譲渡したこと、その際別紙目録(三)(四)記載の建物、(五)記載の土地に対する根抵当権は解除されたこと、本件土地の譲渡担保契約において、原告は昭和四〇年一一月五日までの間においても、被告の承諾があれば、本件土地を他に売却し、売却代金をもつて被告の債務の弁済に充当することができ、売却代金が債務額を超える場合、原告は該超過分を被告に返還する旨の約定があつたこと、原告が昭和四〇年一一月五日までに本件土地を売却することができなかつたこと、昭和四〇年一一月五日以前の本件土地の売却について被告の承諾を必要とする旨定められていたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件土地の譲渡担保契約における当事者の意思は原告が本件土地を売却したうえで、当事者間において必らず精算することを予定していたのであり、昭和四〇年一一月五日を境にして本件土地が被告の債務の代物弁済として原告に帰属することなどはいささかも考えていなかつたのである。昭和四〇年一一月五日までに本件土地を売却することができなかつた場合について、被告は、事後、原告が本件土地をどのように処分しても異議を述べないと明定されているが、右約定は昭和四〇年一一月五日後は、本件土地の売却代金がたとえ被告の債務額に満たない場合でも原告が被告の承諾なくこれを売却しうるとしたものであり、従つて、昭和四〇年一一月五日後においても原被告間の債権債務関係の存続を前提とするものである。そもそも本件土地を幾何に換価処分しうるか明確でなかつた譲渡担保契約締結の時期において、原告が本件土地を取得することをもつて被告に対する債権全部を消滅させることを承諾するいわれはまつたくなかつた。そして、原告は昭和四三年一一月一九日に至り本件土地を代金一、〇八五万七、〇〇〇円(坪当二万一、〇〇〇円)で事業団に売却し、右売却代金を被告に対する債権元本の一部弁済に充当したが、なお元本残額一、二七八万三、〇〇〇円の債権を有するのである。

抗弁3の事実中原告が被告主張のとおり本件土地を事業団に売却したこと、原告が事業団から被告主張の土地を買受けたことは認めるが、その余の事実は争う。原告が事業団から買受けた土地の売買代金は坪当二万三、〇〇〇円、総額三、二二五万四、九七〇円であつて、本件土地の売却単価と同一ではない。また、本件土地の売却代金、原告が事業団から買受けた土地の売買代金がいずれも廉価であつた旨の被告の主張は失当である。更に、本件土地の売買と原告買受土地の売買とは全く別個の契約であり、両土地の間に同一性はない。被告主張の八幡海岸通の土地は希望者がこれを事業団から買受けることができたにすぎず、仮に一般の者が右土地を買受けることができなかつたとしても、その一事をもつて被告のいう換地処分による前記両土地の両一性を認めることはできない。

抗弁4の事実は否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因事実(準消費貸借の成立)は当事者間に争いがない。

二  そこで、以下被告の抗弁について順次検討する。

(一)  抗弁1について

被告は、はじめ、「原告が被告に対し、昭和三九年三月から同年一一月までの間五回に亘つて合計一八三万五、〇〇〇円を貸与した。」旨の原告の主張事実を認める旨陳述した。右陳述は、被告が立証責任を負担する準消費貸借の既存債務の不存在なる事実と相容れない事実の陳述であつて、被告に不利益なものであるから、裁判上の自白に当る。しかるに、被告は右自白は真実に反し、錯誤に出たものであるとの理由で、これを撤回し、一八三万五、〇〇〇円は原告の被告に対する贈与金であると主張するので、右自白が真実に反すかどうかについて判断する。

被告が昭和三八年一一月一六日、原告と大同建設との間の手形割引等の契約上の債務を担保するため、被告所有の本件土地および別紙目録(三)(四)記載の建物につき、債権極度額三、〇〇〇万円の根抵当権を設定し、同日鶴岡清次もその所有の別紙目録(五)記載の土地につき右同様の趣旨で、右同様の根抵当権を設定したこと、当時石井厳が大同建設の代表取締役であつたことは当事者間に争いない。

そして、成立に争いのない乙第一号証、証人金崎重男、同石井巌、同海村孝の各証言、原告代表者、被告各本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

右根抵当権設定の日時より少し前頃、原告の取引先である訴外大島設備株式会社(以下「大島設備」という。)および訴外世紀温調工業株式会社(以下「世紀温調」という。)が倒産したが、大同建設および同会社の代表取締役石井巌が千葉シヨツピングセンターの名でそれぞれ大島設備に宛てて振出していた約束手形が大島設備から原告に取得されていたことから、原告は大同建設ないし石井巌に右手形の取立を迫つた。このことを契機として、原告と大同建設との間で折衝がなされ、原告は大同建設に対し大島設備の債務、更には世紀温調の債務の引受を求め、大同建設はその要求に応ずる反面、当時必要としていた事業資金の融通方を原告に申出た。原告は、大同建設が土木建築業者として、民間の発注先のみならず公共事業関係の土木建築工事を請負つて業績を挙げうるとの説明があつたので、そうであれば、大同建設が大島設備および世紀温調の原告に対する債務を引受けることを条件に大同建設に対し融資してもよく、これにより大同建設が企業としてより成長すれば、大島設備および世紀温調に対する債権の回収も充分期待できると見込んだ。この結果、大同建設は原告との間で昭和三八年一一月一六日大島設備および世紀温調が原告に対して負担している九六五万七、〇〇〇円の債務を引受けたうえ、原告から事後継続的に手形割引によつて融資を得る旨の合意をし、これに基づく債務を担保するため大同建設の取締役である被告と被告の親戚の鶴岡清次が原告との間に前記のような根抵当権設定契約を締結した。

このように認められ、証人石井巌、同海村孝、被告本人の各供述中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実からすれば、被告が前記のように担保を提供するに至つたのは、被告が大同建設の取締役であることから、大島設備の倒産を契機にして発生した前記手形上の責任問題の解決とこれにからむ原告から大同建設に対する事業資金の導入を図つたものと認められるのであり、このような事情のもとにおいて、原告が被告に対し担保提供に対する謝金として一八三万五、〇〇〇円もの金員を贈与するということは納得することができない。

他に被告の前記自白が真実に反することを肯認するに足る証拠はない。

されば、被告の自白の撤回は、右自白が錯誤に出たものであるかどうかを審究するまでもなく、許されないとすべきである。

以上によれば、被告の自白により、原告の被告に対する一八三万五、〇〇〇円の貸与の事実は確定されたのであるから、右金銭貸借の不成立を前提とする被告の抗弁1は理由がない。

(二)  抗弁2について

(1)  大同建設が原告に対し二、一八〇万五、〇〇〇円の債務を負担したまま昭和三九年一一月頃倒産したので、被告が原告に対し大同建設の右債務を引受けるとともに、被告自身の借受金および右引受債務金合計二、三六四万円を目的とする請求原因記載の準消費貸借契約(以下「本件準消費貸借」という。)上の債務を担保するため本件土地を原告に譲渡し、その際別紙目録(三)(四)記載の建物、(五)記載の土地に対する根抵当権は解除されたこと、本件土地を目的とする譲渡担保契約(以下「本件譲渡担保契約」という。)において、原告は弁済期である昭和四〇年一一月五日までの間においても、被告の承諾があれば、本件土地を他に売却し、売却代金をもつて被告の債務の弁済に充当することができ、売却代金が債務額を超える場合、原告は該超過分を被告に返還する旨の約定があつたこと、昭和四〇年一一月五日以前の本件土地の売却については被告の承諾を必要とする旨定められていたこと、原告が昭和四〇年一一月五日までに本件土地を売却することができなかつたことは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第一号証によれば、本件譲渡担保契約には、前記約定に加え、昭和四〇年一一月五日までに本件土地の他への売却が成功せず、あるいは被告が債務の履行をしない場合には、被告は原告に対し本件土地の返還を求めることができず、事後原告が本件土地をどのように処分しても異議を述べない旨の約定があつたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(2)  右認定事実、とりわけ弁済期である昭和四〇年一一月五日までに本件土地の他への売却が成功せず、あるいは被告が債務の履行をしない場合には、被告は原告に対し本件土地の返還を求めることができず、事後原告が本件土地をどのように処分しても異議を述べない旨の約定が交わされたことに徴すると、本件譲渡担保契約は、債務の履行遅滞等の事由が発生すれば、原告が本件土地をもつて弁済に充てる旨の意思表示をするまでもなく、本件土地を当然に確定的に原告に帰属させる趣旨であつたと解される。

ところで、このようないわゆる当然帰属型の譲渡担保の債権者が目的物によつて弁済を受けるときに目的物の価額と被担保債権額の関係をどのように決済するかについて、目的物をそのまま代物弁済ないし流担保的に債権の弁済に充当して精算する必要なしとする約旨か、あるいは精算する必要ありとする約旨かが問題とされるのは債権者の評価あるいは処分によつて具体的になつた目的物の価額が債権の元利金額を上廻る場合においてである。この場合、債権額を上廻る価額部分をも債権者に取得させ、これを債務者に返還しないでよいかどうかは、譲渡担保の機能を所有権移転という法形式と債権担保という社会的実質のいずれに重点をおいて考察するかにかかわり、後者に重点をおく限り、債権者債務者双方の利益の合理的調整の観点から前記の問題点の解決が要請されるものであることは多くいうまでもない。

これに反し、目的物の価額が債権の元利金額を下廻る場合には、債権者が予め不足額の支払請求権を放棄している等特段の事情がない限り、債権者が不足額を請求しうることは当然のことである。

目的物の価額中債権の元利金額を上廻る部分を精算する必要なしとする約旨の譲渡担保においても、この場合には債務者の側から債権者に対し不足額を支払うという形の精算を必要とするとみるべきである。蓋し、(イ)一般に債権者は、債権の実現を得るため法律の規定もしくは契約に基づき債務者の特定財産につき優先弁済的効力ある担保を有する場合においても、当該担保により債権全部の満足を受けることができないときは、債務者の一般財産により爾余の債権の満足を受けることが保障されるべきであるから(もとより債権者平等の原則には服する。)優先弁済的効力ある担保としての譲渡担保権を取得した債権者は、目的物の価額が債権の元利金額を下廻る場合には、債務者に対し不足額の支払を請求しうるとしなければ、債権実現の法的保障の建前に背馳するからである。例えば、債権担保のため抵当権の設定を受けた債権者が、抵当権実行の結果なお債権全額の弁済を受けることができないときは、債務者の一般財産により爾余の債権の満足を受けうることは一般に承認されているところであるが、譲渡担保権の設定を受けた債権者についても同様に扱うべきであろう。また、(ロ)目的物の価額が債権の元利金額を上過る場合における債権者の精算の要否に関し、譲渡担保が所有権移転という法形式をとりながら実質的には債権の担保手段であるとの観点から、原則として精算を必要とするという解釈をとりながら、目的物の価額が債権の元利金額を上廻る場合の決済に関しては、代物弁済ないし流担保的効力を認めて、債務者の側から債権者に対し不足額を支払うという形の精算を必要としないとすることは、債権者に対し過剰の保護を与えるものであり、一の担保権に対する処遇として彼此均衡を失するものとしなければならない。

本件において、証人金崎重男、同石井巌の各証言、被告本人尋問の結果によれば、本件譲渡担保契約締結当時、被告の側では本件土地の三・三平方米当り単価を約五万円と称していたが、原告側はそのままこれを受け容れたわけではなく、むしろ三・三平方米当り三万円前後とみていたので、本件土地の価額について両者が一致した評価を下して契約を締結したものでないことが認められ(証人石井巌の供述中右認定に反する部分は信用できない。)、右認定事実によれば、原告は本件土地の総価額を約一、五〇〇万円と評価していたことが認められる(このように原告が本件土地の価額を債権額より低目に評価したとすれば、何故に従前根抵当権の目的となつていた別紙目録(三)(四)記載の建物同(五)記載の土地を解放したか疑問の生ずるところであろう。この点に関し、証人金崎重男の証言と原告代表者本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。即ち、原告は前記根抵当権設定当初から別紙目録(三)(四)記載の建物、同(五)記載の土地の担保物件としての価値を高く評価していなかつたが、大同建設が昭和三九年一一月頃倒産したので、本件土地および右土地建物に対する根抵当権を実行しようとしたところ、設定者である被告は別紙目録(三)(四)の建物には被告の家族が現実に居住しているので担保から外してくれるよう申入れ、また鶴岡清次は被告が同人の承諾を得ないで別紙目録(五)記載の土地に根抵当権を設定したことを理由に、右土地についての実行を阻止しようとして、原告会社の営業所で長時間大声を挙げるなどの態度に出た。そこで、原告は右建物および土地についての根抵当権の実行を断念し、大同建設に対する債権の回収を図るため、あらためて被告が、当該債務を引受けこれと被告自身の借受金を目的として本件準消費貸借を結ぶとともに、本件土地のみを譲渡担保に供すべきことを求め、被告がこれに応じて契約の成立をみたものである。)。

叙上のように、原告は本件譲渡担保契約締結当時本件土地を債権の元利金額より低額の一、五〇〇万円程度と評価していたが、そのような本件土地をすら債権確保のため譲渡担保にとらざるをえない事情にあつたのであり、そのような状況のもとにおいて、原告が他日本件土地を処分することにより具体化する本件土地の価額と債権の元利金額との差額(不足分)を予め放棄したことを認めうる特段の事情の存したことは認め難い。この点に関し、証人海村孝は、本件譲渡担保契約締結に際し原告が不足額の支払請求権を放棄した旨の供述をしているが、別紙目録(三)(四)記載の建物同(五)記載の土地を担保から解放することを余儀なくされた原告が、何故にあえて不足額の支払請求権をも放棄し、債権者として劣悪な立場に跼蹐しなければならなかつたかについて納得のいく説明をしていない以上、右供述をそのまま信用することはできない。

そうとすれば、本件譲渡担保契約においては、目的物たる本件土地を処分して得られる代金価額と債権の元利金額との差額(不足分)は原告が被告に支払請求をなしうる約旨であつたと解するのが相当である。

(3)  本件譲渡担保契約において、昭和四〇年一一月五日以前の本件土地の売却については被告の承諾を必要とする旨定められているのに対し右時期までに本件土地を売却することができなかつた場合には、原告は被告の承諾を要することなく一方的に本件土地を処分しうるとされていたことは前示のとおりである。しかし、昭和四〇年一一月五日までに本件土地を売却することができなかつた場合には原告が被告の承諾を要することなく一方的に本件土地を処分しうるとしたのは、譲渡担保権者が被担保債権について優先弁済を受ける権利を行使する条件ないし方法を定めたものである。既に譲渡担保権者が優先弁済を受ける要件を備えるに至つたとき、債務者の承諾を要することなく、弁済の前提となる目的物の処分をなしうるとすることは当然のことである。このように債務者の承諾が不要とされたからといつて、目的物の価額と被担保債権額の差額(不足分)を債務者において精算する必要なしとする約旨であつたとみるのは根拠薄弱である。

昭和四〇年一一月五日以前の本件土地の売却について被告の承諾を必要とした点と対比することにより、不足額精算の必要なしとする約旨であつたとする見方が成り立つかを考えるに、昭和四〇年一一月五日以前の本件土地の売却にあたつて被告の承諾を必要としたのは、ことが弁済時期到来前における目的物の処分に関するが故に被告の承諾を必要とし、これによつて原告が不当に廉価に本件土地を処分するのを抑制するなどの目的に出た約定であると理解することができ、しかも、被告本人尋問の結果によれば、被告の承諾を要すると定めることによつて、弁済期までに被告に資力が備わつて被告自身が本件土地を買取ることを保障したことが認められるのである。このようにみてくると、本件土地の処分について昭和四〇年一一月五日の前と後とで承諾の要否に関する定めが異なつているのは、それぞれ前述のような独自の趣旨、理由によることが判るのであり、昭和四〇年一一月五日以前の処分について被告の承諾を要するとしたことと対蹠的に、同日以降の処分について被告の承諾を要しないと定めたからといつて、後者の約定の趣意が、本件土地が代物弁済ないし流担保的に債権の元利金に充当され、たとえ本件土地が債権の元利金額を下廻る価額で処分されても、原告が被告に不足額を請求しえないとする点にあつたと解すべき理由はない。

(4)  以上のとおりであるから、被告の抗弁2は理由がない。

(三)  抗弁3について

(1)  原告が昭和四三年一一月一九日本件土地を金一、〇八五万七、〇〇〇円(三・三平方米当り二万一、〇〇〇円)で事業団に売却したこと、原告が事業団から市原市八幡海岸通一九六三番九雑種地四、六三六平方米を買受けたことは当事者間に争いがない。

そして、証人榊巻慎吾の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第二号証、証人金崎重男の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第五号証、成立に争いのない甲第六号証、証人榊巻慎吾、同金崎重男、同石井巌の各証言、原告代表者、被告各本人尋問の結果を総合し、右争いない事実をもあわせ考えると次の事実を認めることができる。

原告の事業団に対する本件土地の売却は、事業団が市原市における公害防止のため、工場地帯と住宅地帯の間にグリーンベルトを設置するための用地買収の一環として行われた。右用地買収の価額は、事業団が不動産鑑定士に買収候補地のうちの標準地数ケ所の価額の鑑定を依頼し、右鑑定によつて得られた評価額を標準にし、その周辺の買収用地について標準地との位置関係、地目、現況などの諸点に則して標準地価額を比準して評価を行い、右のようにして事業団が一方的に決定した価額を終始維持しつつ買収折衝が行われた。そして、用地買収に応じた地主または右用地から立退きを余儀なくされる者に対しては、その希望により、事業団が千葉県から譲渡を受け所有していた市原市八幡海岸通の土地一帯を別途売買によつて譲渡することが行われた。原告が本件土地の買収に応じてこれを事業団に売却したことに対して、事業団は昭和四三年一二月二六日その所有にかかる市原市八幡海岸通一九六三番九雑種地四、六三六平方米を代金三、二二五万四、九七〇円(三・三平方米当り約二万二、九六〇円)で原告(但し、登記簿上の名義人は訴外石黒商事株式会社)に譲渡した。

このように認めることができ、証人石井巌、同榊巻慎吾、被告本人の各供述中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(2)  被告は本件土地と原告買受土地の相互的売買は実質上は一の換地処分にほかならず、本件土地は原告買受土地の一部としてまだ処分されていない状態にあるとし、もともと事業団は市原市八幡海岸通の土地一帯を時価よりも相当廉価でグリーンベルト用地の買収を受ける者に譲渡し、その代りに右用地を右譲渡価格と同額で買収する方策をとつたと主張する。

証人榊巻慎吾の証言によれば、事業団は前記のような方法で買収用地の価額を決定し、昭和四一年秋頃から買収折衝に臨んだが、買収用地の所有者らとの間の折衝が価額の点で相当難航したので、代替地を希望する者に対しては市原市八幡海岸通一帯の土地を事業団から有償譲渡するということで諒解を取付けたうえで、当初決定価額で買収用地を買い受けることができたこと、市原市八幡海岸通一帯の土地はもと千葉県が造成した土地であつて、同県有地であつたが、事業団がグリーンベルト用地買収の局面を打開するため用地所有者らに譲渡する土地として千葉県から買受けた土地であり、事業団は千葉県からの買受価額と同額で用地所有者らにこれを譲渡するという方針で用地買収の折衝を進めたこと、事業団の市原市八幡海岸通一帯の土地の買受、譲渡価額は付近の民有地の取引価額と比較すると差があつたことは事実であることが認められる。しかし、事業団の市原市八幡海岸通一帯の土地の買受、譲渡価額が時価よりも相当廉価であつたとの点および事業団がグリーンベルト用地を右価額と同額で買収する方策をとつたとの点を肯認するに足る適切な証拠はない。この点をすこし詳細に述べよう。

(イ) 成立に争いのない乙第二、第三号証、原本の存在、成立に争いのない乙第四号証と証人石井巌の証言、原告代表者本人尋問の結果によれば、昭和四四年六月二一日付で市原市八幡海岸通一九六三番九雑種地四、六三六平方米売却の件で石黒商事株式会社名義石井巌宛の委任状が発行され、同年八月五日原告が石井に対し原告の手取が三・三平方米当り五万五、〇〇〇円となるよう取引願いたいと指示したが、これは石井の側から原告に対し右土地を三・三平方米当り四万五、〇〇〇円から五万五、〇〇〇円位で売却することの勧誘があつたので、原告がこれに従つたまでのことであり、結局単価が高すぎるとの理由で売却の件は成立しなかつたこと、昭和四七年五月二三日原告は訴外カーストン産業株式会社から右土地の隣接地三、七九六平方米を代金三・三平方米当り一一万三、〇〇〇円で買受けたことが認められる(証人石井巌、被告本人の各供述中右認定に反する部分は信用できない。)。しかし、昭和四四年六月あるいは八月時点における単価五万五、〇〇〇円は石井巌の主観的な見込値にすぎなかつたことは右認定事実から明らかであるから、右単価をもつて、原告が事業団から市原市八幡海岸通一九六三番九雑種地四、六三六平方米を買受けた昭和四三年一二月二六日の時点の右土地の相当時価を推量することは適当でない。また、右土地の隣接地の売買事例は昭和四七年五月の時点に属するものであつて、それのみをもつて約四年遡る時点の土地価額を評価する手がかりとすることは躊躇される。従つて、市原市八幡海岸通一九六三番九雑種地につき原告が石井巌に対し手取単価五万五、〇〇〇円と指定して売却方を委任した事実あるいは右土地の隣接地が単価一一万三、〇〇〇円で売買された事例を根拠にして、事業団の市原市海岸通一帯の土地の買受、譲渡価額が時価よりも相当廉価であつたと認めることはできない。

(ロ) 一方、本件土地を含むグリーンベルト用地の買収価額は、事業団が買収折衝に入るに先立つて、前記のような標準地価額による比準評価を行つて決定したものであつて、これを時価より相当廉価であると認めるべき適確な資料はまつたく存在しない。

(ハ) そうとすれば、事業団がグリーンベルト用地の所有者らに対してなした市原市八幡海岸通一帯の土地の譲渡(原告の場合は三・三平方米当り約二万二、九六〇円)と用地所有者らが事業団に対してなした用地の売却(原告の場合は三・三平方米当り二万一、〇〇〇円)とが価額の点で関連性ないし等価性を有していたとは認められない。

(3)  更に、本件土地の売買と市原市八幡海岸通一九六三番九雑種地とがそれぞれ別個の売買契約として締結されたものであること、両者の間には、前者の売買を円滑に成約に導くため、後者の売買の申込みがなされたという程度の事実上の関係があつたにすぎないことは前認定のとおりである(証人榊巻慎吾の供述中に後者の売買が前者の売買の「条件」であつたとする部分があるが、法律上厳密な意味で条件という用語を用いたものではなく、前示事実上の関係を述べた趣旨以上に出ないものと理解すべきである。)。

(4)  以上の次第であるから、仮りに被告主張のとおり市原市八幡海岸通の土地は希望者がこれを事業団から買受けることができたにすぎず、一般の者が右土地を買受けることができなかつたとしても、両個の相互的売買を一つの換地処分であるとみることはできず、これと異なる前提に立つ被告の抗弁3は採用することができない。

(四)  抗弁4について

原告は本件土地の売却については被告の承諾を得るかまたはできる限り高価に売却する義務を負つていると解するのが信義則上正当であると主張するので検討する。

(1)  被告本人尋問の結果によれば、原告は本件土地を事業団に売渡すについて被告の承諾を得ていないことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。しかしながら、昭和四〇年一一月五日以後の本件土地の売却については被告の承諾を得ないでなしうることが契約の定めなのであるから、原告の行為は信義則に反するものとはいえない。

(2)  譲渡担保権者が契約所定の事由に基づき目的物の所有権を確定的に取得したうえこれを処分する場合において、不当に廉価に処分することが許されないことはもちろんであるが、他方、必らず目的物の時価相当額以上に売却すべく拘束されるとすべき理由はない。要は、当該の場合に要求される相当の取引上の注意を用い、可能な限り時価相当額をもつて処分することを要し、且つこれをもつて足りると解すべきである。被告のいう「できるだけ高価に売却する義務」なるものも、右にいう相当の注意を用いて時価相当額で処分する義務の謂と解される(もし、必ず時価相当額以上に売却しなければならないという趣旨であれば、その主張自体失当である。)。ところで、本件において、原告の事業団に対する本件土地の売却代金は事業団から一方的に指定されたものであつて、売主である原告の交渉次第によつてより高額になることは期待できなかつたのであるが右売却代金自体時価に比して相当廉価であつたと認め難いことは前記(三)で説明したとおりであるので、原告には義務違背はないとすべきである。

以上によれば、被告の抗弁はいずれも失当である。

三  前記甲第二号証と弁論の全趣旨によれば、原告は本件土地を事業団に売却した頃、その売却代金一、〇八五万七、〇〇〇円を本件準消費貸借金の元本の一部の弁済に充当したことが認められるから、本件準消費貸借金の元本の残額は一、二七八万三、〇〇〇円となる。

四  そうすると、被告は原告に対し本件準消費貸借金銭額のうち五〇〇万円およびこれに対する弁済期の後である昭和四五年四月一七日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきであり、これが支払を求める本訴請求はすべて理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蕪山厳)

別紙 目録〈省略〉

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